コロナウイルス感染症のため、いろんな集いが中止になりましたが、第7波と言われながらも徐々に社会生活が元に戻りつつありますよね。
高校の同窓会総会が3年ぶりに開催されました。
避けていた同窓会総会
私は高校卒業したての頃、1回のみ出席しただけで、その後は完全スルーしていました。しかし、公務員の職場には同窓会事務局の支部があります。その追手からは簡単には逃げられませんでした。あるときから、チケットをほぼ強制的に割り当てられるという状態が退職までの十数年間続いていました。この間、チケットは買いますが、出席したことはありませんでした。
で、今回定年間近になって集うようになった同級生から誘われたこともあり40年ぶりに出席しました。
居所不明者になっていた
この時わかったことは、十何年もチケットを購入しているのに、私は「居所不明者」になっていたのです。
そういえば、以前は同窓会から「同窓会新聞」と年会費の振り込み用紙が送られてきていましたが、ある時から来なくなったことを思い出しました。まあ、年会費とか寄付とかは避けて通りたいこともあったので、私にとっては都合がよかったのですがね。
それでも、同窓会総会のチケットを購入していたのに、「私からチケット代を奪っていった幹事の後輩たちよ、私の購入履歴を残していなかったんかい!」という感じです。あはは。。。
行ってきました同窓会総会
今回、同窓会総会と言えば大先輩も出席されますし、いろんな学年がいて、元来社交的ではないので、ちょっと気が重かったのですが、行ってみて良かったです。
着席パーティー
会場は交通の便の良いJR駅近くのホテルです。従来は立食パーティーだったのですが、今回から着席での会になったそうです。年齢的に立食パーティーはつらいので、着席パーティーはありがたかったです。しかし、人と人の距離をとるためには、収容人数に比べて広い会場を借りていました。これなら、80歳を超える大先輩方の安全も守れそうです。
変わりゆく高校生活
母校は旧制中学時代も含めて創立84年目です。もともとは男子校だったので、伝統的に男の子の割合が多い高校でしたが、最近は半々くらいになってきたそうです。

今回の同窓会総会に出席して最もびっくりしたのは、応援部です。応援部は何かと行事の際には登場して、縁の下の力持ちながら高校の顔でもありました。私たちは「嗚呼!!花の応援団」という漫画が人気の世代で、学ランにドスのきいた掛け声、力強い演舞、はためく団旗は男の子の独壇場と思っていました。しかし、今や女の子が学ランを着て演舞を舞い、力強く大太鼓を叩く、女の子が中心の部になっているのです。
私が「うひゃ~、カッコイイ~」と言っていたら、ずいぶん前から女の子が応援団長になっていて、初代の女団長は同級生の娘だったと聞いて2度びっくり(*_*)。私はジェンダーレスの時代に乗り遅れていたようです。
応援といえば、私たちが現役の時、野球部が甲子園大会に出場したのですが、同級生の女の子たちが学校に内緒でチアガールを編成し、試合当日に突然登場して大目玉を食らったことがありました。
後日観たNHKの放送では、アナウンサーが「内緒の応援があるそうです」と説明していたので、知らなかったのは教師たちだけでした。まあ、高校行事の一環ですから、教師に内緒はまずかったですよね。
抽選会
イベントとして抽選会があり、協賛企業から、いろんな景品がたくさん提供されていました。
1万円相当のお食事券だったり、ホテルペア宿泊券だったりとなかなか豪華なものでした。そして、同級生たちがこれまた当たるんですよね。確率4割でした。(*_*)私は。。。です。
幹事学年代表の挨拶
2時間楽しい宴の時間が過ぎ、最後に幹事学年の人たちの挨拶がありました。
幹事学年は37歳の時に回ってくるのですが、この学年は3年間幹事学年を担いましたから、今39歳です。仕事に家庭に、人生で一番多忙な頃です。そんな時にプライベートな時間を捻出して、計画したら中止を2回繰り返し、心が折れそうになったそうです。多くは語りませんでしたが、幹事代表の涙がすべてを物語っていました。
後輩たちよ、ありがとう。
同級生の絆
私たちの学年は卒業生の居所不明者の割合が飛びぬけて少ないそうです。(私は最近まで居所不明者でしたがね)これは、ひとえに同級生幹事の尽力と人徳ですよね。卒業してから半世紀近く、一番多感な頃とは言え、これだけの人を集わせる力はすごいです。
みんな、あ・り・が・と・う!